東尋坊の茂さん・川越さん
STOP!自殺 シンポジウム 2010.9.17

STOP!自殺 シンポジウム 2010.9.9
いのちの電話 シンポジウム 2010.9.1
1

2004年から東尋坊で見回りをつづける茂幸雄さん。


 高さ25mの崖に立った人、
 松林の下のベンチに座り込む人、
 店の軒先に立って、日が沈むまでじっとたたずんでいる人。



 「なにしとるん。」  「今からどうするん」

 
 「今まで、つらかったやろう。。大変やったなぁ。」


 茂さんにこんな風に言われて、どんな大男でも大泣きする。

 
 「みんな、声をかけてもらいたいんです。」:茂さん



20万の借金のために、崖っぷちに立った青年がいました。
精神科医だって立っています。
大学教授も医者も岩に立つ。
貧困の人だけっていう特定の人だけじゃない。  だれだって。



福井県坂井市 東尋坊(とうじんぼう)。
岩肌が削られた高さ25mの絶壁に、年間100万人の観光客が訪れる。その一方、毎年二十数人が命を絶つ自殺の名所としても知られる。

朝10時すぎ、東尋坊に向かって茂さんは出発する。1回目の見回りだ。
ほぼ毎日行ってきた。


茂さんの活動は2004年に始まるが、ずっと地元の反対を受けてきた。反対の署名運動までされた。
「観光地としてのイメージが悪くなるから」だ。

自殺の特に多い場所が3か所あるという。

自殺の名所・・・これを売りにしている観光バスのガイド
「こちらが自殺の多いところでーす。」「次はここです。」「そしてここ。」・・・・・・・・・・3か所だ(これも煽動のひとつになっているのか)

「人が死ぬとね、もうかる人がいるんです。葬儀屋、花屋、Tシャツなんかのグッズもある。」:茂さん


茂さんは、昨年、59名の人を救った。警察に報告したら、
「こんな数字、テキトーに書いてやれるんじゃないの?」と言われた。
「とんでもない。59人というのは、崖っぷちに立って、今まさに飛び込もうとしてた人です。」
「この報告を毎年、内閣府と厚労省にも送っています。」
「今までは、自殺をくい止められた人の生活のお世話や家賃を全部自腹でやってましたが、昨年からやっと国に認められて
お金がいくぶん出るようになりました。」
「市と県はまだ関心が、なかなかです。。」:茂さん

忘れられない経験

6年前の9月だった。
福井県三国警察署の副署長だった茂さんは、管内の東尋坊で、様子が変な年配の男女を見つけた。
小さな居酒屋を営んでいた二人は、学生やお金のない人にはつけ、お金を貸してあげるという人情厚い人柄。
しかし、話を聞くと借金を抱えているという。じっくり話した。「もう一回やり直してみようか」と言ってもらうことができた。
「まずは役所にかけあって。」
茂さんは、自分の名刺を渡し、「何かあったら力になるから。」と言って別れた。

1週間後に手紙が届いた。
お礼の言葉が添えられた遺書だった。
絆創膏をのり代わり、チラシの裏を便せんにした手紙には、真剣に向き合ってくれた茂さんへのお礼と、
その後の絶望の時の刻みが綴られていた。

ある記者が男女の足跡を追った。
茂さんと別れた後、2人は役所に行く。そこで「自分の県の住人でもないのに他県の者なんて無理」と言われ、
交通費500円ずつ渡されて出された。
次の町の役所、また次・・・。7か所行く先々で、
「はい、一人700円ずつね。」「350円になります。」そして、ついには

「死ぬんでしたらどうぞ」 と言った行政スタッフ。


「行政というものが、こんなに役に立たないものだとは、42年間、警官やってて、初めて知りました」
「私は元警官ですから、犯人捜しするんです。」
「犯人は必ずいる!死に追いやってる」
「遊説演説で、『国民のいのちを守ります!!』って言ってる。そういうのが一番ウソついてる」:茂さん

2人が他県で心中したことを知った茂さんは、退官後に退職金を資金に仲間を募って自殺防止活動を始めた。
東尋坊を見回る日々の始まり。


「多重債務ね。ああ、じゃあ法律事務所に行きゃいいじゃん」「あっちいけ、こっちいけ」ってだけ言ってほっとく人。
他人にどうこう言われるの、言うのもうざい、という人間関係。
叱咤激励お説教・・・・←一番してほしくない


「同感してほしい、一緒に歩いてほしいんです」
「ああしろこうしろ 言われたくない」
「『あ、これなら解決できるよ』と言ってあげることなんです。」:茂さん

実際、茂さんは実に知識、経験豊富だ。話を聞いて、
「あ、それなら過払いだ。戻ってくるよ。大丈夫。弁護士の○○さんに言ってあげるからね」

その日のうちに解決の道筋をつけてあげる。

茂さんの活動を知って、全国からさまざまな申し出が入る。
「ラーメン屋台で使っていないのがあるから、その人が再起できるよう支援したい。」というラーメン屋さん
「うちの空いている部屋で住んでくれますか」という老夫婦。
いわゆる里親支援。

ただ、ホームレス支援団体による農園(ホームレスの人たちが無償で働いている)は、自殺を図った人たちにはなじまない、
と茂さんは言う。
「ホームレスの人と自殺を図った人は全然ちがうんですよ。
彼ら(後者)は、お金ができれば、もう一度再起したい!と願っている。」

「世の中に逃げ場所を作ってあげないといけない。
昔は「かけこみ寺」というのがあった。でもその後、寺は開いていましたか?
でも最近になって、(自殺や貧困などに対して)お寺がずいぶん門戸を開き始めたんです。」:茂さん


茂さんの活動は、自殺を思いとどまらせるところまでではありません。
再起に向け出発する人を新天地まで送り届けるところまで。。。




茂さんと生死の現場で挌闘する川越さん

福井県警の食堂で働く川越さんは、ある時、茂さんに自殺防止の文集に原稿を書くように頼まれました。
実は、川越さんは自死遺族。茂さんはそのことを全く知りませんでした。
WEBでも川越さんのインタビューを閲覧することできますが、
今日、この講演で語った川越さんの話は、体験談の語りなんか超えた魂の叫びでした。


私の両親は、私が中学の時に父が自殺、母が後追い自殺しました。
私の実家は宮城県都城市、4人兄弟の末っ子です。
父は暴力をふるうひとで、酷いものでした。
できたばかりのお膳はひっくり返す。何も食べずにそのまま寝ることも何度もありました。
兄2人は助けを呼びに近所に走り、姉と私は布団をかぶって震えていました。
兄2人は中学を出て、専門学校、就職へ。
ある日、私が勉強せずにテレビを見ていたら、父がいつにもまして罵声を浴びせるので、私が
「父さんなんか死ねばいい」って言ってしまった。
翌朝、父がいない。探しに行ったら、小屋で首を吊っていました。
父は土地問題で苦しんでいました。父は遊び人だから、土地を妹名義にされてしまった。
父のプライドがそれに耐えられなかった。私は一度母に(父がいなくなって)
「お母さんもこれで楽になる」って言った。でも母は毎日仏壇に向かっていた。
父の死について周囲から責められ、いろいろ言われて落ち込んでしまって、うつになっていたようです。

父が亡くなって9か月後のある朝、いつになく母が明るくずっと私を学校に見送っていたので、
「今朝に限って何だろう?」って思いました。
帰ってみたら、母が自殺していました。農薬を飲みました。
父は確かに土地のことで苦しんでましたが、私のあのひとことが自殺の引き金になったのは確かです。
2人とも、私が第一発見者でした。

中学を卒業と同時に私は故郷を捨てました。
働きながら定時制高校に通いました。寮生活でつらかったのは、みんなに故郷の両親から送られてくる荷物。

23歳で福井の人と結婚し、3人の子どもが生まれました。
出産して、家族が病院に来て、すぐ帰って行きました。
「もし両親がいたら・・・」私はひとり布団の中で泣きました。

結婚して嫁いで15年間、私はお茶を出すことも許されませんでした。しつけがなってないということで。
私は半年間、お茶の出し方、お茶、華、一応の作法を習いに行きまして、ようやく許されました。

親がいないということは、ここまで世間につまはじきされる。
死ぬ本人は自分は死んだら楽になると考えているんでしょうが、遺族はその何倍もつらい思いをして生きていく。
(このことについてと思われますが、体験談の後、茂さんがさりげなくフォローされました
「死ぬ人は、死ぬ時、周りの人に『申し訳ない』気持ちで死んでいくんですよ」、と)

そういえば、講演の檀上には、茂さん。傍らに川越さん。
茂さんは講演当初から、妙に時計を気にされてました。講演はなれてらっしゃるでしょうに。
茂さんの講演の後の川越さんのスピーチの時間配分を気遣ってらしたのか。。。
取材人によると、「茂さんと川越さんは、衝突します。それだけ、大変な活動なのです。涙を流しながらの活動なのです。」


自死遺族は、「あの時こうしていたら、こうしてあげてたら!」をずっと引きずったまま生きていきます。
ですから、東尋坊に立つ人に
家族のことを考えてあげてほしいと訴えます。

茂さんの活動に出会うまで42年間、私は自分が自死遺族であることを絶対に語るまい、一生言わずに死んでいく覚悟でした。
今、私の中に2つの恐れがあります。
夢の中に両親の自殺の現場が出てうなされること
私にその両親の血が流れていること です

以前鹿児島に演説に来てこうおっしゃった大臣がいました
「自殺はDNAだ。自殺は血統だ」と。

自殺に血統的見解を見いだすのは一理あるでしょう。でもそのことを大臣が語るのは問題です。


もし私が苦しみで自殺を考えて、耐えられるだろうか―――恐怖が錯綜しています。
自分の代で断ち切らないといけない。

こんなこころのおもりをもって爆弾のようなこころをしょってあの東尋坊で活動を続ける川越さん。
「自分の代で断ち切らないといけない。」――頼れるのは己の行動一つ。魂の清算――

自殺対策の活動をしている方からまさかこんな言葉が出るとは予想もしませんでした。
魂の慟哭か

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ニュースより
9月10日の世界自殺防止の日を前に、厚生労働省は7日、自殺やうつ病による休業や失業などによる2009年の経済的損失額が
2兆6782億円に上るとする推計を発表した。

相矛盾する発表です。
利益追求を推し進めようとやってきたはずなのに、人がどんどん淘汰され、利益損失を生んでいる社会の現実・・

STOP!自殺〜どん底からの出発〜

自殺予防週間の前日、2010.9.9、大垣市のソフトピア・ジャパンで、講演がありました。
講師は、精神科医の渡邉貴博さん
岐阜市の総合病院みどり病院に新設されたばかりの精神科の先生です。

「自殺未遂した独り暮らしのおばあちゃんが運ばれてきて対応に追われてて...」 と現場から飛んできた感じの渡邉医師。
岐阜地域としての特性、個々人の心理、社会、歴史、世界の国々に至るまで幅広く、深い知識と経験を語って下さいました。

以下講演の内容

「電車が止まった!」
1960年代なら、「ああまたストライキか・・・」の声
でも今は、「また人身事故=自殺か・・・」の声

東京では、毎日のようにこの人身事故が起きている。
各路線で、対応マニュアルができているのか、長時間混乱することなく、実に処理が速いという。

1997年に山一證券が倒産します。その翌年
1998年に年間自殺者が3万人を超えます。多国籍企業(グローバル化)による競争激化が始まった年。

世界でみると、OECD(経済協力開発機構)の中で、日本はロシアについで第2位の汚名。
ロシアが1位というのは、ウオッカなどのアルコールが多く影響している。
最近では、韓国の自殺者が多い。韓国は日本とよく似た社会構造をしている。
※OECD=ヨーロッパ諸国を中心に日・米を含め30ヶ国の先進国が加盟する国際機関

日本の自殺者が1998年から12年連続で3万人を超え、12年間で390,103人が自殺している。
これは交通事故者数の5倍。
16分に1人、1日に90人の人が自殺していることになる。

未遂となるとこの10倍、つまり年間30万人以上の人たちが自殺を試みている。
その人たちの家族、親族5・6人として、年間150万〜200万人の人たちに影響している。

国は交通事故に1兆7000億を当てている。これは交通事故死者1人につき、2000万円以上かけてることになる。
しかし、自殺対策金は124億円のみ。

自殺率が高いのは
1位 秋田県

1997年から1998年を皮きりに自殺が一気に増える。特に50歳代。
山一證券倒産のあとのリストラの嵐で。

しかし、ここ数年50歳代の自殺が減ってきて
代わりに30歳代、70歳代の自殺が増えている。
2008年の統計では

  勤務者:3788人  失業保険受給者:1800人  年金生活者:5000人  無職:8600人  

こうしてみると、低所得・無所得の自殺が圧倒的に多い

自殺者ハイリスク群
内閣府自殺対策緊急戦略チーム報道資料抜粋
*****************

30-60代の主婦、50-60代の農林漁・自営、50代の管理職は、家族を背景としている
「家族を養って行けない」とか。

30-50代の失業者、30-50代の労務作業いわゆるライン作業、20-30代の無職者は、孤独による死

自殺の原因は、健康問題、経済問題が圧倒的に多い。
しかも原因は単純・一つじゃない。複合的。
ex)仕事異動がきっかけで、部署になれず、新しいノルマが課せられ過労ぎみ
部署内での人間関係のいじめが加わり、結果、辞職して失業。
住宅ローンどうするの?ってことになり、家族関係がぎくしゃくして、うつになり、結果として自殺

うつ病で受診する人は、10年前は50万人だった。今は100万人。およそ倍になっている。
中でも、30代、高齢女性が多い。
ところが精神科はこの間、1.2倍にしか増えていない。

地方公務員、教員の長期休職者は年々増える一途。
うち、6〜7割が精神疾患による。先生の精神疾患は10年間で3倍に増えた。

民間会社でも、どこでも、心の病で休む人が多い。30代が特に圧倒的。

ストレス―脆弱性―対処技能
脆弱性は人により様々
ストレスでも善玉的なものはOK
悪玉ストレスはNO!(いじめなど)
うまく対処できないと、心身に症状が出る。

うつ病の治療
1.環境を変える(仕事休む、減らす、変える等)
2.脳の働きを強くするための薬物投与
3.認知療法(社会に対処していくための)

もともと弱い人がなる病気ではない。6〜7割は環境による。
自殺者に関しては、8割が環境が原因。

残業が月80時間を超える労働者はかなりいる。
100時間超えると「いつも疲れている」状態になり、抑うつ的になる。
80時間を超えた時点で、「死にたい」の心理が上がる。

会社からの要求度に対して、自分に与えられる裁量度・支援度がどう天秤になっているか
過労死の裁判での論拠となる。



自殺増加の社会的原因
1995年は 「サリン事件」  「阪神大震災」  「就職氷河期」が起こった時代
今までの考え方が崩壊する


新自由主義政策を行ったアメリカが誘因だった。
成果主義、競争主義、徹底的にリストラを進めたアメリカの新自由主義政策が優位に立ち
日本は1995年、アメリカの新自由主義政策を取り入れて、大規模な人員削減、正社員削減をする。

派遣はここから生まれた。(規制緩和策)
世界大競争へ
すべて成果主義。高いノルマ、低い裁量、努力しないといけないでも誰からも評価されず、要求は高い。
上司との関係、職場の人間関係悪化、自分の中でも意欲が低下、
一人一人の個別契約:年俸制

イヤなら辞めてくれていーよ。
「あいつはできるヤツ」、「あいつはできんヤツ」→差別
会社の利益と株主の利益のために働け。

H12.3.24 電通事件
うつ病による過労死が労災として初めて認められた(最高裁)が、まだまだ。

中原過労死事件
都内の病院勤務の小児科医:中原利郎先生は、過重労働による過労からうつ病を発症し、病院屋上から飛び降りて亡くなる。
遺族は労災の認定と、病院側の責任を問うが、地裁、高裁とも認めなかったため、遺族は最高裁に上告。
最高裁は双方に和解を勧告→成立
医者の自殺は多い。特に精神科医。産婦人科、小児科も多い。


格差社会とうつ
1人あたりの所得=世帯所得÷家族人数
お金がないと、所得が低いと、「ちょっと発散したい、でもできない、やめとこ」になる。
ちょこっと喫茶店に入る、ができない。

生活保護世帯は自殺率が倍。
貧困層ほど精神疾患が多い。

富裕層、お金のある人は、情調的サポートが多い(趣味・レジャー・文化鑑賞などにお金をかけられる) が
貧困層、お金のない人は、情調的サポートがない

よって、ひきこもり、人づきあいもない(できない)
閉じこもる高齢者が多い

教育水準も関わっている
標準の教育を受けていない(字のかけない高齢者いる)ために、得られる仕事水準も低く
低水準の生活を続け、人との関わりもなく、高齢になる。

所得が低いほどいろんな病気にもなりやすい。

自殺の3割は単身。つれあい亡くした高齢女性
自治会などの地域活動にも参加しない、安らぎがない、語らいの家族などがいない

人と人とのつながりの指数
支えあいの意識の高い地域は死亡率が低く、出生率が高い
支えあいの意識の低い地域は死亡率が高く、出生率が低い
近年は、都市・地方、雇用・自営業とわず、人のつきあいが低下している



結婚・子どもとの関係
初めての結婚を「1」とすると、自殺の値は
未婚の自殺:4.9  離婚の自殺:8.1  再婚の自殺:10.2
最近、児童虐待が多いのは、若すぎる結婚→若すぎる離婚→若すぎる再婚によるものが大きい


自殺対策に取り組む国
・フィンランド 1985年自殺が多かった。20%減らす取り組みで30%減
厚生大臣の夫(医者)が自殺したのがきっかけともなり、取り組む
・イギリス 自殺対策にお金を使った
・スェーデン

日本
・富士モデル:静岡の不眠キャンペーン
一般診療(内科など)にかかった人をうつ病と診断して30%自殺率を下げた
「2週間以上つづく不眠はお医者さんへ」というでっかい幕を歩道橋にかかげ
バスの後ろにも掲示、TVコマーシャルでも流した。
うつ病自己評価尺度(SDS)で40点以上だった人に精神科の受診をすすめて30%自殺を減らした

・秋田県
町村単位で、地域の相談ボランティアの活動

・新潟県松之山町
対策によって自殺が1/3に減った

自殺に至る前は75%が精神疾患なので、うつ病の取り組みが大事
うつ病で病院に来る人100万人、でも来てる100万人は実際発症している人の1/4にすぎない。

日本は癌・循環器疾患の政策はしっかりあるが精神疾患に対する政策がまだない


2006年6月、自殺対策基本法が成立
目指すのは自殺の禁止じゃない
自殺総合対策、
自殺は個人の責任じゃない、社会全体としてやっていく。2010年で20%減らす目標をたてた


長妻厚生労働大臣はがんばっている。でも予算がまだまだ。



秋田県での調査:メンタルヘルスリテラシー
「あなたの家族・友人がここ2・3週間食欲なく眠れない日々が続いている、体重減ってきた、ひどくふさぎこむ、
仕事に集中できない、ものごとに興味がわかず、話しかけても返事に乏しく、悲観的なことを言っている」
これを心の病気(うつ)と思うかどうか?
⇒高齢者ほど心の病気だと認識しない。高齢者ほどうつ状態に対して励ましてしまう。

内科でうつ病だと診断されるのは11%。
うつ病は全身症状がともなう。
めまい・息切れ・肩こり・しびれ・やせ・頭痛・微熱・下痢便秘・疲れやすい・不眠・食欲なし・過食

日本はずっと精神医療と身体医療がまったく別だった。
精神医療をするのは、精神病院だった。
総合病院の中に精神科がなかった。

自殺の2割はアルコール依存・薬物依存といわれる。
飲酒することで、最後の抑制(死んじゃいけない)がはずれる。
飲酒が最期のひと押しになってしまう。

日本は不眠の対処が「アルコール」→圧倒的に多い アルコールで何とかしのごうとする
他国は医療へ受信が多い、一般的

2010年5月、WHOによる「アルコールの有害な使用を軽減するための採択」が
酒造メーカによる猛反対でとん挫した。

アルコール依存症セルフチェック(CAGE)を2つ満たすと、アルコール依存症とされる。
日本では成人男性の16%が2つを満たしている

セルフチェック(CAGE)

1.
あなたは今までに、飲酒を減らさなければいけないと思ったことがありますか?
2.
あなたは今までに、飲酒を批判されて、腹が立ったり苛立ったことがありますか?
3.
あなたは今までに、飲酒に後ろめたい気持ちや罪悪感を持ったことがありますか?
4.
あなたは今までに、朝酒や迎え酒を飲んだことがありますか?

上記のうち、2項目以上あてはまる場合は、アルコール依存症の可能性大です




統合失調症
20代に多い  働きたくても働けない 失業率87%。

37万人の精神疾患の人が隔離されている。
隔離―閉じ込めになっている  何かあったら、と閉じ込める
日本の精神科医は患者48人に1人、東北では100人に1人
患者は将来のためのサポートがしっかり受けられていない

統合失調症と診断されると、あばれるのを抑えるために、多量の薬物が投与される
どんどん人格が荒廃し、認知症となる。自殺が多くなる。


働かざる者食うべからず・・・・新約聖書が由来

この言葉は今の日本の心理なんじゃないか。
「本当に病気の人は(生活保護)仕方ないが、ギャンブルで借金まみれて生活保護受けて、
そんな人のために自分たちの税金が使われて。たまんないよ。だったら、自分たちの待遇なんとかしてほしいよね。」
こんなことが今日、職場のスタッフの間で会話されていました。
そんな例外的な生活保護受給者は数少ないですが、いるようです。
また、心が荒廃して、働く意欲がない人もいる。
じゃあ、それに対して、牙、刃の声をあげることでことは済むか。その人たちが更生できて、自分たちも心身ともに生きやすくなるか。


アメリカ発、新自由主義が生んだ荒廃〜〜自己責任論が放置されている日本〜〜〜

まじめに働く人ほど、ほんとは政治の責任でもある経済困窮を、自分の責任として抱え込む。
                          ↓
「岐阜で小さい会社を経営する社長さんが入水自殺未遂をして、私の病院に担ぎ込まれました。
経営不振で、従業員の人たちにお給料が払えない、減らさないといけない。
死んでお詫びをするしかない、と考えての入水未遂でした。
この社長さんは家族に引き取られて帰って行きました。」

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愛知いのちの電話シンポジウム  
「私たちは自殺とどう向き合うか」
第一部 基調講演:清水新二(奈良女子大学名誉教授、社会学者)
歌の演奏 NAZUKIさん(山口県在住)
第二部 パネルディスカッション
パネリスト:
石倉 紘子氏(自死遺族サポートチーム「こころのカフェきょうと」代表)
榎本 和氏(愛知いのちの電話協会理事/共和会共和病院名誉院長)
川井 猛氏(共同通信社放送編成部デスク)


パネルディスカッション
パネリスト:
石倉 紘子氏(自死遺族サポートチーム「こころのカフェきょうと」代表)

夫を自殺で亡くした経験から、現在は自死遺族の支援、自死予防、遺族支援、未遂者支援を続ける
25年前、父(義父)から電話があり
「今、○○にいる。○○が死んだ。おまえが殺したんやから、おまえは来なくていい」と言われ、何のことかわからないまま。
夫(42)が自殺したことだけ知らされました。
葬式のとき、弔問の席で
「この嫁が殺したんですわ」(義父)と挨拶
夫の死後、私(40)はひたすら泣いてわめいて過ぎていく。なんで?なんで死んだの?
お酒、ウイスキーをガブ飲みする毎日。
意識が戻ったらまたガブ飲み。
その間自殺未遂を数回。3か月で歩けなくなりました。
私は保育園で働いていましたから、(当時は休職)同僚に病院へ連れて行かれました。
その後も未遂。3日間昏睡状態。意識が気がついたら、母(義母)の前にいました。
母は声もなく泣いていた。それでわかったんです。
「母より先に死ぬわけにいかない」

職場復帰しました。
保育園の子どもたちは私のこと何も知らないのに、ある日歩いていたら
子どもがとんとんと私の背中をたたいて
「伊藤(当時の姓)ちゃんだいじょうぶ?」って言うんです。
子どもにずいぶん助けられました。
その後もお酒はやめられなかったんですが、阪神淡路大震災が起こって、ボランティアに行ったんです。
仮設住宅で、自殺する人がどんどん出る。自死した人に対して
「自殺したヤツの葬式は行かんでいい」という声があった。
自殺した人たちには、身元の分からない人たちが多かった。
自死者への理不尽な扱いに怒りを覚える、と同時にその偏見は自分自身にもあった、
夫の自殺を正面から向き合えていなかった自分に気がつきました。

そのころ、「あしなが育英会」で親を亡くした若い人たちが、名前も顔も出して活動している。※1
頭をガツンとされた気がしました。
私も何かしなくては。
そこからスタート・・・・・・・・中略・・・・・・

遺族は社会的に孤立、家族内でも孤立しています。家族で自死した家族のことを語ることはない。語りだすと、攻め合いになる。言えない。
そして、家族がバラバラ、散りじりになる。憎しみ合い。

同じ遺族でもいろいろあります。
「石倉さんは、子どもがいなかったから泣いてられた。私には子どもがいたからそれどころはなかった。」
「伴侶はしょせん他人。私は腹を痛めた子どもを亡くした。」 などなど、様々です。

電車を止めた損害賠償は莫大です。その支援をどうするか、弁護士などに相談しています。

いのちの電話は、「もう死のう」と思っている人に「一緒に考えよう」ってことで
「じゃあ、あしたまで生きてみよう」ということができる。
日常でも意識して、元気のない人とかに声をかける「大丈夫?」
人だけじゃない、犬・猫・花・・・何にだって私は声をかけます。
この前、東京駅について駅に「こんにちは」って。


※1 あしなが育英会
地方各紙掲載の川井 猛氏(共同通信社放送編成部デスク)の記事

○○さん(23)の母が亡くなる1年3か月前の2001年12月3日。
10人の自殺遺児が東京・永田町の首相官邸を訪れた。
分厚い絨毯が敷かれ。シャンデリアが輝く大広間。
国による中高年の自殺防止対策や実態調査の実施を小泉純一郎首相(当時)に初めて陳情した。
一行は「あしなが育英会」の奨学生。その中に○○さんの活動の先輩となる山口和浩さん(26)の姿があった。
山口さんは首相が小声で口にした言葉を覚えている。
「プライバシーの問題があるからね」。
調査に乗り出そうとする意志は感じられなかった。

カメラに顔をさらし、10人のうち7人が実名を公表しての“直訴”だ。だが国の動きは鈍かった。

――過去最悪
厚生労働省の有識者懇談会が02年12月、実態把握を含め、多角的な対策が必要だとする提言をまとめたが、事実上のお蔵入り。
自殺対策基本法が06年になってようやく成立し、自殺総合対策大綱が策定されるまで、国をあげての対策は空白のままだった。
「3万人が死ななければ1年が終わらない社会になった」
遺児たちを支えるあしなが育英会の職員 西田正弘さん(47)は04年、前年の自殺者が
3万3000人と過去最悪を記録したと知り、愕然とする。
その秋には、NHKのディレクターだった清水康之さん(35)らとともに特定非営利活動法人(NPO法人)
「自殺対策支援センターライフリンク」を発足させた。

東京・JR飯田橋駅に近いライフリンクの事務所で、遺児の山口さんは夫を亡くした女性を面接した。
山口さんは卒業後、長崎健の児童福祉施設に就職した。その後休職し、ライフリンクが進める自殺実態調査の中核を担っている。(当時)
山口さんが中学2年の時、父は多額の借金の負債を抱え自殺した。深夜、物音に気付きながら、助けられなかった。
「小泉首相への面会が僕の出発点。できることを誰もやっていない」
面接の目標は1000人。父の死に対する答えを探す作業でもある。






榎本 和氏(愛知いのちの電話協会理事/共和会共和病院名誉院長)精神科医43年

統合失調症:自殺が多い。結局よくわからなくて死んでしまう。若い人が多い。対人関係が希薄。自殺願望=希死念慮
抑うつ、絶望、無気力、無関心、ネット、ゲームにはまる。
「卒業するまで死にません」なんている本が中学生の間で読まれる。
会社員で、人の批判に耐えられない人

うつと認知症の区別は難しい。おこりっぱい、周囲から性格変わったように見える

アルコール・覚せい剤:自殺率高い。
アルコール依存症は、仕事をしている人に多い。お酒がぬけた時、自分はだめな人間だ、と自分を責める。でも夕方になるとまた飲む。
負けてしまう。自責の念と飲酒の間を行き来している。自己評価が低い。
一番怖いのは、まったく話さない人。心を閉じてしまっている。こういうときは、なるべく入院するか、家族によく注意して見ていてもらう。




川井 猛氏(共同通信社放送編成部デスク)

キーワード
・3万人の椅子取りゲームの孤独
・電話1本で救われる
・自殺対策はだれでもできる

企業の倒産や多重債務で失業率は2001年に5.5%とトップになりました。その後、4%台に下がります。
自殺者と失業率は連動しているとみられていたのですが、でも2001年以降、失業率は下がっているのに、自殺は減らない。
その原因を自分なりにくくってみました。
社会の質的、構造的変化が原因ではないか。
昇進、昇給すべてに成果主義、出来高払い、派遣が多く導入されるのもこのころから。
(2010.9.9、大垣市のソフトピア・ジャパンでの、精神科医の渡邉貴博さんの話と共通です)

私はある30代の女性(医療関係にお勤め)を取材してきました。
取材の中でも彼女は何度か自殺します。彼氏がいて、彼氏がお金に困ったのでお金を貸した。
彼氏は精神疾患になって、彼女が生計を支えるようになる。
その後、彼女も精神疾患になり、職場でのいやがらせから過労・ストレスで2人そろって精神疾患に。
彼女は何度か自殺未遂をする。そうやって生きるか死ぬかの生活をしているうちに
電話相談があることを知った。でもぜんぜんつながらない。(ビジー)
それで、「こんなに悩む人が多いのか」と知った。 つながったとき、それだけで救われた。
その後もやはり自殺未遂。警察に担ぎ込まれ、警察官から
「困っているんならこれに連絡してみたら」とパンフをもらった。
TELしたら、出てくれた団体の人に 「大丈夫ですよ」 と言われた。こんなこと言われたの初めてだった。
今彼女は一人暮らし。「死の誘惑は今もあります。でも死にたい、消えたいに対して助けてくれる人がいることを知りました。」

人間の回復力は必ず備わっている。それを引き出して。
自殺対策・・・何も難しいことじゃない。
ちょっと声をかけることから。
生活保護の窓口で働いているのなら、(いじわるせずに)ちゃんと受け付けてあげる。
ジャーナリストの自分なら、「自殺」のことに関心をもって、記事を書く。
ちょっとプライベートなことですが、うちの自宅には犬を3匹飼っていて、うつ、精神疾患の人たちの憩いの場になってるんです。
集まってきて、散歩とか一緒に。
で、その人たちが癒されて元気になるとうちに来なくなる。それもさびしいですけどね。

難しいことは政府、内閣府、ライフリンクに考えてもらって。
 


名古屋いのちの電話
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